今や日本人の国民的飲料と言えるカルピス。
「飲んだことがない」
という方は、さすがにいないでしょう。

ですがタイトルにあるように、
「カルピスのルーツが実はモンゴルにあった」
ということは、ほとんど知られていないと思います。

時は20世紀はじめ、三島海雲という日本人が、北京で貿易会社「日華洋行」を設立します。
その後、緬羊(綿羊)の品種改良と、日露戦争(1904-1905)中に軍馬調達ためにモンゴル(現在の内モンゴル・赤峰)に渡りますが、そこで体調を崩し、一時期は瀕死状態にまで陥ってしまいます。

その際、モンゴル遊牧民が日常的に飲んでいる酸乳(乳製品のひとつ)を飲み続けたところ、劇的に健康を回復したのでした。

三島氏はのちに
「異郷の地で不老長寿の霊薬に出遭った思い」
と語ったといいます。
KaiunMishima.jpg 96.76 KB                                                                        三島海雲氏。

その後、1915年に帰国し研究を重ねた結果、自身が元気を取り戻した理由が、酸乳に含まれる乳酸菌にあることをつきとめた三島氏は試行錯誤を重ねます。

1916年には「醍醐味」を、翌1917年には「醍醐素」を、さらに翌1918年には「ラクトーキャラメル」を製造販売するなどしますが、流通や保存の問題がありいずれも失敗。

それでも諦めなかった三島氏は、ついに今までになかった全く新しい乳酸菌飲料の開発に成功し、1919年に「カルピス」と命名した乳酸菌飲料を発売することになったのです。

ちなみに「カルピス」という名前は、カルシウムの「カル」と、仏教(サンスクリット語)で最高の味を意味する「サルピス(熟酥:じゅくそ)」を組み合わせた造語です。

「おいしくて健康的な飲み物」として順調に売り上げを伸ばしていったカルピスは、1923年に発生した関東大震災の際に、水道が止まり飲み水にも困っていた被災者たちに、全社を挙げて冷たいカルピスを無償で配って回ったなどの出来事もあって国民に愛されるようになって行きました。

という訳で、カルピスは三島氏と遊牧民の、言い換えれば日本とモンゴルを「両親」として生まれたものだったのです。

ところで、カルピスは日本のどこでも飲めますが、その元となったモンゴルの乳製品は、日本では飲めないですよね。

と思いきや、実は飲めます!

新宿にあるモンゴル料理屋さん「モリンホール屋」では、お店の名を冠した、その名も「モリンホール屋サワー」なるものがあるのですが、これがまさに、モンゴル遊牧民自家製の酸乳で作られているんです!

sour.JPG 219.88 KBモリンホール屋サワー!
見た目はカルピスそっくりです。

一口飲んでみると、味もカルピスに似ているように感じますが、後味がカルピスと違う、なんとも不思議な味がします。
カルピスのように甘くなく、ほんのりと感じられる酸味とのバランスがとても良い絶妙な味で、私はお店に行く際には必ずこれを飲んでいます。

ちなみに、ソフトドリンクも用意されていますので、皆さんぜひ「モリンホール屋」に足を運んでいただいて、「カルピスの親」の味を楽しんでください!

モリンホール屋
https://tabelog.com/tokyo/A1304/A130401/13257117/ 

さいごに。
カルピスを生み出す三島氏の奮闘については『カルピスをつくった男 三島海雲』という本でより詳細を知ることができます。ぜひ読んでみてください!