我らがフッシー、サチンさんがシンガポールに行きジム・ロジャースさんと対談するオンラインイベントを拝聴した。中身については皆さんが感想書かれている通り賛否あると思うが、個人的に興味深かったのが最後に語られたジム・ロジャースさんがシンガポールを定住の地に選んだ理由である。億万長者で世界中を旅してきた人が、どうしてシンガポールという傍目には狭くて規制でがんじがらめな国に住んでいるのかが不思議に思った。
「迂回する経済」とは何か?
近年、都市開発と呼ばれる民間ディベロッパーを中心とした都心部の大規模高層化が曲がり角を迎えている。新宿西口のような好立地ですら建設費高騰の採算性が合わず、中野サンプラザ建替えが頓挫したりGINZA NOVO(旧東急プラザ銀座)が閑散とするといった事態に見舞われている。すでに多くの都市開発事業においては、高層階にオフィス・テナントを入れ、低層階には高い家賃が払え集客の見込めるナショナル・チェーンを誘致するという直線的な方程式が確立されており、結果としてどこに行っても金太郎飴のようなスタバとドラッグストア、ユニクロニトリといった店しかない状況である。
当然、都市開発を進めている大手ディベロッパーはこの容積率に対して最大効率的に建物を配置して経済活動を誘致するような「直線的な経済」が限界を迎えていると考えている。そこで法律に決められる以上の緑地水辺空間を設置するグラングリーン大阪だったり、なるべくローカルな飲食店を誘致する方針の大井町トラックスなど、様々な試行錯誤が見て取れる。そして彼らに話をする際に聞かれるキーワードが「迂回する経済」なのである。
https://flowfussy.com/books/9784761529123
この本自体はコロナ禍の最中に刊行され、自粛という名の外出抑止が全世界的に行なわれた際のそれまでの直線的な都市開発に対する反転が課題提起されているものである。「ウォーカブル」「ウェルビーイング」「サードプレイス」といった流行りのカタカナ語を並べつつも、その理論的背景についても説明されているので人間が根源的に求める「迂回する経済」の重要性が浮かび上がってくるものである。
『旅』とは目的地に最短距離・時間で到達するものではない
この本の中でとくに印象的だったのが、以下の一節である。
目的地に行って誰かに会うとか、何かを見るということは、旅のきっかけではあるかもしれないが、旅の価値の中心は旅そのものの過程で起こるあらゆる出会いであり、『経験の豊かさ』ということに尽きる。
出張や帰省といった目的が明確な旅行はもちろん、目的地に最短最速で到達して現地での活動時間を持つ効率化(直線的な経済)が求められるが、私たちが旅する目的はもっと多様でありそのプロセスにこそ価値があるという論には頷ける。そして時に迂回したり、計画通りには進まないからこそ想い出に残る旅になるのも事実であり、それがまた次の旅に出る理由にもなるのだろう。
この考え方を日常生活に当てはめてみても同様である。私たちは日々の暮らしを送るために、家事や労働といった生きるために必要不可欠な活動に対しては効率的かつ合理的なアプローチが求められる。一方でそれだけでは息が詰まってしまうため、不要不急と呼ばれるようなゆったりとコーヒーを飲んだりボーと動画を観たりする時間も同様に重要であるのが、現代を生きる我々の大半だろう。
そして住む街に対しても「迂回する経済」を体現するような場所が大切になることに気づき始めている。クルマ通りの多い道ではなく緑道を歩こう、最寄りのコンビニではなく商店街でぶらぶらして買い物しようといった形で、自分の生活空間に馴染みや思い入れが増大していくにしたがってそこは自分の居場所になっていくのだ。
経済的成功者が行き着いた先
ジム・ロジャースさんのような、巨万の富を持つ人がどうしてシンガポールという地を選んだのか。気候や子どもの教育といった様々な理由が述べられる中で、1つの有名な逸話を思い出した。
小さな漁船がメキシコの小さな島に着いた。休暇で港にいたアメリカ人の観光客が、船から下りてきたメキシコ人漁師に尋ねた。
「大漁だね。どれくらい海に出ていたの?」
「昼の数時間だけだよ」
返答に驚いたアメリカ人は「もっと長い時間、漁をして、いっぱい捕まえればいいじゃないか」と提案すると、漁師は「なんでそんな必要があるのさ。これで十分食べていけるよ」と答えた。
「それなら、漁をしていない時間は、何をしているんだい?」とアメリカ人。
漁師は「ゆっくり起きて、家族と時間を過ごすんだ。夜は友人とバーで飲んで、ギターを弾きながら歌うのさ」と説明した。アメリカ人は信じられないと、首を振った。「私は、ビジネススクールで経営学を学んだ。君はもっと漁をして魚をいっぱい捕れば、大きな船が買えるよ。大きな船ならばもっと多くの魚が捕れる。会社だって設立できるよ」
「それにはどれくらいの期間がかかるんだい?」
「20年か25年ぐらいかな。そして会社の経営がうまくいけば、上場して株を売って、億万長者にもなれるさ」とアメリカ人は胸を張った。
「へえ、その後は?」とメキシコ人は不思議そうに聞いた。
「成功したら引退して、海の近くの小さな島でゆっくり暮らせばいい。朝はゆっくり起きて、子どもと遊んだり、ちょっと釣りをしたり。夜は友人とバーで飲みながら、楽しい時間を過ごせるよ」
漁師は言った。
「もう、私はそうしているじゃないか」
投資という、ある意味「直線的な経済」の極致に長年携わってきたジム・ロジャースさんの行き着く先が結局のところ「迂回する経済」の理由だったことが、必然というか人生の有限性に対する答えのように感じたのだった。





