ホーホーホー。メリークリスマス。

今朝、
誰かに届けばいいと思って、
昔の恋の話を、ここにそっと置いていきます。

正解も、教訓もありません。
うまくいった話でもありません。
ただ、
ある春に出会って、
四日間だけ燃えて、
何も言わずに終わった恋です。

若い頃は、
好きでも動けない瞬間があって、
言葉より沈黙を選んでしまうことがあります。

それが正しかったのかは、
今でも分かりません。

でも、
あのとき確かに、
人を大切に思う気持ちだけは本物でした。

今日はクリスマスなので、
評価も、いいねも、要りません。

もし、
あなたのどこかが少しだけ疼いたら、
それで十分です。

続きは、
今日から少しずつ。



【第1章】    再会の初日

青学の厚木キャンパス。
あの頃、僕は浪人生だった。

バイクで通りかかると、
沈丁花の香りがして、思わず声をかけた。

「いい匂いがしますよね。
あなたも沈丁花、好きなんですか?」

彼女は少し驚いた顔で、こう言った。

「春の訪れを知らせる香りだから、好きなんです」

その瞬間、
小学生の頃の記憶が、急に蘇った。

クラス替えのとき、
彼女は僕の隣の席を希望して、
そして——告白した。

恋を知らなかった僕は、
ただ戸惑っただけだった。

「……翔ちゃん?」

何年かぶりに呼ばれた名前に、
時間が静かに戻った。

それが、
たった四日間の恋の、始まりだった。



【第2章】    キャンパス

高校の頃、
僕は山岳部にいた。

山の鳥や、
名前も知らない草花を撮るのが好きで、
中でも「ささゆり」の写真が一番のお気に入りだった。

「今度、見せるよ」

そう約束して、
その日は別れた。

翌日、
また同じ沈丁花の前で会った。

彼女は、浪人生の僕を気遣うように
青学のキャンパスを案内してくれた。

「来年は、一緒にここで過ごそうね」

励ましだったのか、
未来の話だったのか、
その違いを考える余裕はなかった。

花の話。
アートの話。
好きな食べ物の話。

気づけば、
朝10時から夕方6時まで、
8時間も話していた。

時間は、取り戻せるのだと
その日、初めて知った。

別れ際、
彼女がふと思い出したように言った。

「ね、知ってる?
女の子は19歳の誕生日に
シルバーリングを男の人からもらうと
一生、幸せになれるんだって」

明日は、
彼女の誕生日だった。



【第3章】    シルバーリング

彼女の願いを、
叶えてあげたいと思った。

一晩、徹夜でアルバイトをして、
一万円を握りしめて
ジュエリーショップに入った。

最初に選んだのは、
小さなベビー真珠のピアス。
三千円。

彼女が
「大学入学のご褒美に、親に内緒で
ピアスの穴を開けたんだ」
と言っていたのを、覚えていたから。

そして、もうひとつ。

本当に渡したかったもの。

店員の女性に相談しながら、
最後は自分で決めた。
細くて、シンプルなシルバーリング。

九千円。
予算は、超えていた。

「サイズは9号でいいです。
お姉さんと同じくらいなので」

なぜか、そう言い切れた。

約束はしていなかった。
それでも、バイクでキャンパスへ向かった。

——見つけられる。
理由のない自信だけは、あった。

昼休みのチャイム。
校舎から人が溢れ出す。

遠くに、彼女を見つけた。

彼女も、僕に気づいて手を振る。
周りには、テニスサークルの友人たち。
浪人生の自分には、みんな眩しく見えた。

身分の差、
そんな言葉が一瞬、頭をよぎった。

でも彼女は、
そんなことを気にする素振りもなく
まっすぐ、笑っていた。

「渡したいものがある」

ベンチに呼んで、
まずピアスを渡す。

彼女はすぐに耳につけて、
「似合う?」と聞いた。

——ああ、
小学生の頃と同じだ。

そして、もう一つ。
緑色の小さな革袋。

中から、
シルバーリングが出てきた。

彼女は言葉を失い、
何度も空にかざした。

「……シルバーリングだ」

その反応で、
全部、報われた。

女性は、
本当に欲しかったものを手にすると
声を忘れる。

その日、
僕は少しだけ
大人になった気がした。



【第4章】    別れのサイン

少しだけ、
大人になった気がしていた。

だからなのか、
勉強はまったく手につかなかった。

気づけばバイクは、
またキャンパスの方へ向かっていた。

テニスコートで、
サユリを見つけた。

昨日、一緒にいたサークルの仲間たち。
楽しそうな声。
自然な笑顔。

——声は、かけなかった。

彼女の生活を、
邪魔したくなかった。

そのまま駅前の喫茶店に入り、
コーヒーを一杯飲んだ。

浪人生に戻るための、
小さな儀式みたいなものだった。

夕方。
予備校に戻ろうと決めて、
バイクにまたがる。

交差点。
赤信号。

後ろに、
見慣れないスポーツカーが止まった。

バックミラーを見る。

運転席には、
テニスコートにいた男子学生。
助手席には、
サユリ。

彼女も、
こちらに気づいた。

ハザードを五回。
——こんにちは。

男子学生が、首を傾げる。
サユリは、顔を伏せたまま。

信号は、青。

それでも、
バイクは発進させなかった。

サユリが、
助手席のドアノブに
手をかけたのが見えた。

もう一度、
ハザードを三回。

(ス・キ・ダ)

伝わると、
信じた。

でも、
サユリは動かない。

隣の男子学生が、
何か話しかけている。

もう一度、バックミラーを確認する。
彼女の表情を見たかった。

でも、
サユリは顔を上げない。

バイクのギアを一速に入れる。
右ウインカーを点滅させる。

ゆっくり、
走り出した。