今日8月17日は、インドネシアの独立記念日。🇮🇩
今年は、81周年の日です。

インドネシアのSNSを見ていると、今日は当然ながらインドネシア独立記念日の投稿でいっぱい。そんな中、私は一人の日本人のことを思い出していました。

「インドネシア残留日本兵」の最後の一人、小野 盛さん。

2014年に94歳でお亡くなりになりましたが、私はかつて、インドネシアで小野さんと直接お会いして、いろいろなお話を聞かせていただきました。
(写真は十数年前に、インドネシア・東ジャワのご自宅にうかがった時のもの)

第二次世界大戦が終わった後も日本へ帰国せず、インドネシアに残り、独立戦争を戦った日本人たち。それがインドネシア残留日本兵。

そんな小野さんが、私との会話の中で、何度も口にしていた言葉があります。

「メンタル・ブルジュアガン」

小野さんとは日本語で会話をしましたが、ときどき日本語が思い出せずにインドネシア語が出てきます。
「わたしの・・・、あのぉ、チュチュ(孫)がですなぁ」とか、けっこうかわいい(笑)

独立戦争の頃のインドネシアの青年たちの話になって、いかに勇敢な若者が多かったかという話に。それに比べると、最近の若いインドネシア人にこんな見方をしていました。

いわく、
「昔の若者たちと比べると、メンタル・ブルジュアガンが足りない気がしますなぁ」と。

インドネシア語で mental perjuangan。
日本語にすれば、「闘争精神」、あるいは「困難に立ち向かう精神」といった意味です。

そしてまた、インドネシア社会が次第に豊かになっていくことを喜びながらも、
「贅沢を覚えますとね、人間はダメになるんですよ」と。

もう十数年も前の会話になりますが、
「インドネシアの将来は非常に楽しみです。まさにこれからでしょう?    しかしながら、日本は大丈夫でしょうか?    私は日本の将来について、本当に心配をしております」とも。

戦争も、独立も、貧しさも、その後の発展も見てきた人だからこその言葉だったのだと思います。
(割愛しますが、小野さんにとっての試練は、戦中だけではなく、まさに戦後になってから。これまた、すさまじい経験を聞かせていただきました)

今日、8月17日。
インドネシアの独立を祝うと同時に、久しぶりに小野さんの言葉を思い出しました。

「メンタル・ブルジュアガンを忘れてはいけない」

これはインドネシアの若者だけに向けられた言葉ではなく、今を生きる日本人にも、そのまま当てはまる言葉なのかもしれません。

そして何より、今の自分自身にも向けられた言葉なのかもしれない。そんな想いを新たにしました。

小野さんは、言いました。

「良い人生とか、悪い人生とか。そういうのは無いんです。
    ただただ、目の前に、人生というものがあるんです」


たくさんのご家族に囲まれて、静かにのんびりと暮らされていた小野さん。かたや語る言葉は、今こそ「メンタル・ブルジュアガン」を! と。

私自身も「メンタル・ブルジュアガン」を忘れず、これからも日本とインドネシアのために頑張ります!